◎「クレオール」というと歴史的に植民地や支配構造が浮かびあがり、さらにクレオールへの消えないオリエンタリズムが囁かれるが、人類学社の今福龍太はこれを鮮やかに反転させた(『クレオール主義』ちくま学芸文庫、2015)。クレオールのなかに暗黙のうちに潜んでいる言語や民族や国家に対する帰属を捨て、われが自由に地を移動し、そこで出会う多様な文化とわれの文化の境をクレオールとして捉える。移動するのはなによりもわれであり、帰属や支配を受けることなく、その境に在ることを受け入れる。そしてそこでの出来事を書くことをオート・ライティング(auto-writing)と呼んだ。これは「automobile」を重ねてのこと。
◎松尾芭蕉は、元禄二年(1689年)三月二十七日、西行の五百年忌にあたる年に、門人曾良とともに江戸の深川を出立し、西行の足跡や歌枕を訪ねる旅へと向かう。そしてその行く先々で、句をしたためる。これはまさにオート・ライティングそのもの。旅をしつつそこに在るわれを詠み、またわれを去っていく。十七文字というのは刹那のことのは。もちろん後々推敲もあろうが、その刹那の思いは変わらない。芭蕉もまさにクレオール生き、旅のなかにあった。
◎俳諧を経て芭蕉に結ばれる俳句は、まさにオート・ライティングの極みであり、いまもそれが吟行のなかに生きている。それを日日までにいかしたいもの。